ファッションショーで、最後にデザイナーが出てきてあいさつする時、できるだけ自分を客の目に晒さないのがカッコいいということになっているのでしょうか。サッと出てきて一瞬でお辞儀をして去って行きます(全部じゃないだろうけど、特に最近の世代なのかな?)。誰かが最初にそうやって「あれカッコいい」みたいなことになって、ファッションデザイナー業界の常識になったのでしょうか?傍から見たら「なんだあれ?」と奇妙に見えることでも、その世界では「そういうもの」ということで疑問を抱かずみんな同じようにやってしまうんでしょう。

 先日、衆議院を解散した時に「バンザーイ!」ってやるのもまさに傍から見たらおかしな振るまい。慣例でやっているだけ。同じ。

 イラストでは人の似顔絵を描くことも多いので、人の顔の特徴を捉えるのがわりと得意だと思っていて「あの人とあの人って一般的には言われていないけど、共通点がある顔」とか思うことがあるのですが、実は人の声もわりと「誰々の声」と言い当てるのが得意だと思っています。テレビなんかでタレントの人がナレーションをしている番組では、番組冒頭で↑写真のようにテロップが出る前に「あっ、これは誰々だ」と結構当てられます。でも普通のレベルがわからないので、実はこのくらいは普通なのかもしれませんが…。

 ちなみに前からちょっとひっかかっていたのですが、永作博美さんのナレーション(NHKの宇宙ものの番組のナレーションをよくしています)。ちょっとしっくりこないんだよな・・・。女優として嫌いなわけではないですが、ナレーションがちょっと。
 あと、増田明美さんのナレーション。朝ドラの「語り」が評判で、他にもテレビ東京の「日本に行きたい人」でもナレーションをしていますが、マラソンから完全に異分野へ。意外な才能を発揮されていてスゴイです。

「自分ら世代にとっての👩(誰々)は自分の子供世代(30歳下と想定)にとっての👧(誰々)だ」という話。

この夏、aikoの「かぶとむし」をヘッドフォンをした女学生が歌うCMがありまして、今のあの世代にとってaikoの「かぶとむし」は昔の名曲という認識なんじゃなかろうか?と思いました。そして、僕が前から提唱している「若い人達にとってのaikoは自分らにとってのイルカなんじゃないの説」を思い出したのです。

 もっと他にも「あの世代の○○はわれわれにとっての○○」というのがあるんじゃないか?
「今の10代にとってのゆずはわれわれにとっての○○」とか。10代から見たらゆずも40歳おじさん大御所アーチストといったところでしょうし。

 このような観る目線の差から同じような構造を見つけることで、新たな気づきがあったりしてオモシロイのです。また、べつの「👩(誰々)は👧(誰々)だ」説を発見したら発表したいと思います。

口に食べ物を入れたまま「◯◯◯ー」と発するのをよく見るようになりました。みんなその状況からそれが「おいしー」だとわかる。これは考えてみるとすごくない?日本語の「語」を使わない新しい用法なのではないでしょうか。

…というか、ただ「最近よく聞くなぁ」と思っただけです。